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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)425号 判決

昭和五四年(ネ)第四二五号事件控訴人・同年(ネ)第七二三号事件附帯被控訴人

株式会社笠間家庭電化センター

右代表者

塙弘

右訴訟代理人

古川清

昭和五四年(ネ)第四二五号事件被控訴人・同年(ネ)第七二三号事件附帯控訴人

ストルトニールセン・シッピング・エイエス

(旧商号 ヤコブ・ストルトニールセン・エイエス)

日本における代表者

ラグナー・ジー・エイ・シスナー

右訴訟代理人

平林良章

主文

一  原判決を取り消す。

被控訴人(付帯控訴人)が訴外有限会社笠間電化センターに対する水戸地方裁判所昭和五二年(ヨ)第一四三号仮差押決定の執行力ある正本に基づき昭和五二年六月一六日別紙目録記載の有体動産に対してした仮差押の執行はこれを取り消す。

被控訴人(付帯控訴人)の請求を棄却する。

二  付帯控訴人(被控訴人)の付帯控訴を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(付帯控訴人)の負担とする。

四  この判決の第一項のうち仮差押の取消に関する部分は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(付帯被控訴人、以下単に控訴人という。)

主文と同旨の判決

二  被控訴人(付帯控訴人、以下単に被控訴人という。)

1  本件控訴を棄却する。

2  約束手形金請求事件につき仮執行宣言(付帯控訴)

第二  当事者の主張

(第三者異議事件)

一  控訴人の請求原因

1 被控訴人は、訴外有限会社笠間電化センター(以下単に旧会社という。)に対する水戸地方裁判所昭和五二年(ヨ)第一四三号仮差押決定の執行力ある正本に基づき、昭和五二年六月一六日、別紙目録記載の有体動産に対して仮差押の執行をした。

2 しかし、右有体動産のうち、別紙目録記載番号一、三ないし一一は什器備品で、控訴会社が昭和五〇年七月一八日旧会社から譲渡を受けてその引渡を受けたもの、同二、一二ないし三〇は商品類で、同日以降に控訴会社が茨城東芝商品販売株式会社(以下単に東芝という。)、オンキョー株式会社、日本コロンビア株式会社から買入れてその引渡を受けたもので、いずれも控訴会社所有のものである。

3 よつて、控訴会社は、所有権に基づき、右仮差押の排除を求める。

二  被控訴人の答弁

請求原因1の事実は認める。同2の事実のうち、別紙目録記載番号一、三ないし一一の物件についての控訴会社主張の事実は認めるが、同二、一二ないし三〇の物件についての控訴会社主張の事実は争う。

三  被控訴人の抗弁

1 営業譲受人の商号続用

控訴会社は、商号を続用する営業譲受人として旧会社の本件仮差押の原因たる債務について支払いの責を負い、信義則上右仮差押の排除を求め得ないものというべきである。すなわち、

旧会社は、控訴会社の代表者塙弘の父塙松雄が代表取締役となり、「有限会社笠間電化センター」なる商号をもつて、電気製品の販売及び不動産の売買等を営んできたが、債務超過に陥り経営困難となつたため、昭和五〇年七月一八日、電気製品の販売及び電気工事等を目的として、「株式会社笠間家庭電化センター」なる商号をもつて、控訴会社が設立され、同日、控訴会社は、旧会社から、不動産部門を除く一切の資産、負債、得意先等を譲受け、旧会社の従業員を引継ぎ、これにより営業の一部の譲渡を受け、以来旧会社の店舗で電気製品の販売等を行つている。

右事実によれば、控訴会社が旧会社の営業譲受人で、かつ、旧会社の商号の主要部分をなす「笠間電化センター」を続用していることは明白であるから、控訴会社は旧会社の営業によつて生じた債務についても弁済の責に任ずべきである。もつとも、本件仮差押の原因たる債務は、右営業譲渡後旧会社が負担したものではあるが、営業の譲受人が譲渡人の商号を続用する場合においては、商法二六条二項により第三者に対し譲渡人の債務について責を負わない旨の通知をしない限り、譲渡人が営業譲渡後に負担した債務についても弁済の責を免れ得ないものと解すべきであるから、控訴会社は、右債務を弁済すべきであり、信義則上本件仮差押の排除を主張することは許されない。

2 法人格否認

次に述べるところから明らかなとおり、控訴会社の設立は、旧会社の債務の支払いを回避する目的をもつて、会社制度を濫用してなされたものであるから、控訴会社は、信義則上旧会社と控訴会社とが別人格であることを主張できず、旧会社と同一の責を負わなければならず、本件仮差押の排除を求めることは許されない。すなわち、

(一) 旧会社は、「有限会社笠間電化センター」なる商号をもつて、当初は電気製品の販売を業としていたが、昭和四七年一〇月営業目的に不動産の売買を追加し、以来右二つの部門の営業を営んできたところ、旧会社の代表取締役塙松雄が金融機関から融資を受けて不動産部門に多額の投資をしたため、昭和五〇年七月ころには約六億円の負債が生じ、債務超過に陥つていた。

(二) 旧会社は、右松雄が実質上資本金の全額を出資して設立した個人会社であり、松雄の長男弘がその監査役に就任していた。昭和五〇年七月一八日設立された控訴会社の資本金も、松雄が自己の友人である本間雄三から借り受けた五〇〇万円が充てられ、その代表取締役には右弘が、他の取締役にも松雄の子であるとし子、登及び弘の妻孝子が就任し、その監査役には右本間雄三が就任したが、代表取締役の弘すら、控訴会社の事情は判らず、控訴会社の経営は旧会社と同様に塙松雄がこれを主宰している。

(三) 控訴会社の商号は、「株式会社笠間家庭電化センター」で、その主要部分において旧会社の商号と同一性を有し、控訴会社の営業目的は、旧会社のそれから不動産部門を除外したものであるにすぎず、両会社の目的はきわめて類似しており、その店舗は、旧会社の石岡支店を本店とし、旧会社の本店を控訴会社の笠間支店としたものであり、本件仮差押当時も、右店舗には、控訴会社の看板のほかに、旧会社を表示する「(有)笠間電化」なる看板が掲げられたままであつた。

(四) 旧会社は、前記のような営業目的を掲げているものの、控訴会社の設立と同時に電気製品販売部門の営業を事実上廃止し、これに代り控訴会社が旧会社の土地建物、商品、売掛金、什器備品等の資産をそのまま流用し、得意先及び従業員を引継いで旧会社の右部門と同一の営業を継続し、その後間もなく旧会社は不渡手形を出して倒産した。

(五) 旧会社と控訴会社との間には、昭和五〇年七月一八日、債権債務の売買契約書(甲第一号証)が作成されているが、右は、旧会社の財産のうち、電気製品販売部門の営業を行うのに必要な現金、預金、受取手形、売掛金、商品、土地建物、什器備品等の積極財産と、その評価額に相当する旧会社の支払手形、買掛金、借入金等の消極財産を適当に選別して作成されたものにすぎず、旧会社と控訴会社との間に真実の売買契約が締結されたのではなく、右両会社の財産関係は、右売買契約書にかかわらず、実質上一体として運用、処理されている。

そのことは、右売買契約書によれば、旧会社から控訴会社に譲渡されることとなつている茨城県笠間市笠間字地蔵前一一八番一及び一一九番の一の宅地(二筆)が右売買契約書作成以前に売買を原因として本間雄三の兄本間武男に所有権移転登記が経由されていることからも、また、右売買契約書によれば、控訴会社が負担することとなつた結城信用金庫、水戸信用金庫に対する債務が旧会社所有の不動産の任意売却あるいは競売による代金によつて支払われていることからも明らかである。

(六) 旧会社の代表者塙松雄は、控訴会社の設立後間もない昭和五〇年九月二日、自己の所有する笠間市池野辺字宿向五〇六番の二の宅地及びその地上の居宅を妻ヨシ子に譲渡する等して財産の隠匿を図つており、この事実からも、控訴会社の設立が旧会社の債務の免脱を目的とするものであることを推知することができるのである。

以上の事実からして、本件は法人格否認の法理が適用されるべき事案であり、控訴会社は本件仮差押の排除を求めることが許されない。

四  抗弁に対する控訴会社の答弁

1 被控訴人の抗弁1は争う。

控訴会社は、旧会社の不動産部門の営業は譲受けておらず、電気製品販売部門のみの営業譲受人であるから、このような営業の一部の譲渡の場合には商法二六条の規定は適用されないものと解すべきである。

仮りに営業の一部の譲渡の場合に同法条の適用があるとしても、本件仮差押の被保全債権は、控訴会社設立後、旧会社が株式会社サンタロサインターナショナル(以下「サンタロサ」という。)に対し同社が募集したセブ島内に造成するゴルフ場の会員券購入代金支払いのため振出した約束手形を、被控訴人がサンタロサから家賃支払いの担保として受取つたことに基づく手形債権であつて、右債権に対応する旧会社の債務は同法条にいう「譲渡人ノ営業ニ因リテ生ジタル債務」に当らないのみならず、同法条は、譲渡人との間の取引に基づいて債権を取得した債権者の信頼を保護するため譲受人の弁済義務を認めたものであるから、前記のような経緯に基づいて手形債権を転得したにすぎない被控訴人は、本来、右法条により保護されるべき第三者には当らないのである。

2 控訴人の抗弁2は争う。

(一) 控訴会社の代表者塙弘は、かねてから旧会社における父松雄の不動産部門の放漫経営に反対し、旧会社から独立して電気製品販売のみの健全な経営を行うことを念願としていたものであつて、本間武男、本間雄三兄弟並びに電気製品の仕入先である東芝の援助と協力を得て、昭和五〇年七月一八日、家庭用電気製品の販売及び電気工事を目的とする控訴会社を設立したのであり、控訴会社は、その組織、目的、役員、商号が旧会社と同一ではなく、特に旧会社の代表者塙松雄は控訴会社とは全く関係がない。

(二) ただ、控訴会社の発足に当り、即時に販売すべき電気製品を仕入れ、営業の本拠を設備するには多額の資金を要したところ、これを短期間に調達することは困難であつたため、とりあえず旧会社からその所有の商品、石岡支店の店舗及びその敷地等をその負債とともに譲受けたものであるが(当該契約書が甲第一号証である。)、控訴会社が旧会社と別個独立のものであることに変りはない。

(三) 旧会社ないし控訴会社の店舗に掲げられる看板の設置や撤去は、東芝が行ない、仕入側が自らその設置や撤去をしない慣例となつており、東芝が旧会社の看板を撤去しなかつたため、それが控訴会社の看板とともに店舗に設置されていたにすぎず、このことが旧会社と控訴会社との同一性を示すものではない。

(四) 先にも述べたとおり控訴会社は営業の必要から旧会社の商品、不動産を譲受けたものであり、旧会社所有のこれらの物件を単に流用しているということはない。右譲渡に当つて作成した売買契約書(甲第一号証)は真実の契約に関するものであり、右売買契約書にかかわらず、控訴会社と旧会社の財産関係が実質上一体として運用、処理されているという被控訴人の主張は当らない。

被控訴人主張の地蔵前の土地二筆を旧会社から本間武男に所有権移転登記したのは、右土地には、旧会社の結城信用金庫に対する債務を担保するため極度額五〇〇〇万円の根抵当権設定登記が付されており、右本間武男が右債務を立替えて支払うこととなつたからであり(昭和五三年四月二五日弁済)、控訴会社が同人に対しその償還をした時にはこれを控訴会社の所有とする旨の了解が成立していたので、右土地も前記売買契約の対象物件としたのである。

また、前記売買契約書に掲記した旧会社の結城信用金庫及び水戸信用金庫に対する債務は真実控訴会社が引受けたものであり、爾来控訴会社が両金庫の諒解のもとに弁済を続けている(ただし、旧会社に留保された不動産に対する競売によつて結城信用金庫に対する債務の一部の弁済がされた事実は認める。)。

(五) 塙松雄が妻ヨシ子に譲渡した土地とその地上の建物は、松雄夫婦の住居であるうえ、その抵当債権者である笠間市農業協同組合から、これを借受名義人であるヨシ子に譲渡するよう要請があつたので、それに応じたのであり、このことをもつて控訴会社の設立が旧会社の債務を免れる目的でされたことの証左とすることは当らない。

(六) 以上のように、控訴会社は、旧会社とは別個の法人として社会に実在して活動していることが明白であり、控訴会社の設立後、電気製品の販売に関係なく、旧会社が第三者に対して振出した約束手形を該第三者から受取つたにすぎない被控訴人が、法人格否認の法理を主張して、控訴会社に対してその責任を追及することは許されない。

(約束手形金請求事件)

一  被控訴人の請求原因

1 旧会社は、前記サンタロサに対し、金額二〇〇万円、満期昭和五一年六月二〇日、支払場所結城信用金庫笠間支店、支払地・振出地とも笠間市、振出日同年三月一三日なる約束手形二通を振出し、右サンタロサはこれを被控訴人に対し裏書譲渡し、被控訴人は現に右手形二通を所持している。

2 ところで、第三者異議事件の抗弁において被控訴人が主張したとおり、控訴会社は、商号を続用する営業譲受人として、ないしは法人格否認の法理の適用により、本件手形金債務についても支払いの責を負うべきである。

3 よつて、被控訴人は控訴人に対し本件手形金四〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和五二年一二月一三日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  控訴人の答弁及び抗弁

1 請求原因1の事実は知らない。

同2の主張は争う。控訴会社が商号続用の営業譲受人の責を負うものでないこと及び本件に法人格否認の法理が適用されるべきでないことは、先に第三者異議事件について控訴会社が主張したとおりである。

2 旧会社が本件手形を振出したのは、サンタロサがセブ島内に造成予定のゴルフ場につき予め会員を募集し、旧会社がこれに応じて会員券購入契約をし、その代金支払いのために振出したのであるが、サンタロサはゴルス場の造成をせず、会員券の交付もしなかつたのであるから、本件手形は本来、原因関係を欠き、旧会社においても支払義務を負わないものなのである。

被控訴人は、右手形を拒絶証書作成期間経過後に譲受け、旧会社に照会して来たので、旧会社は右事情を説明したのである。

したがつて、控訴会社が本件手形債務につき支払いの責を負ういわれは毛頭ない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一1  〈証拠〉によれば、旧会社は、昭和五一年三月一三日サンタロサに対し、金額二〇〇万円、満期同年六月二〇日、支払場所結城信用金庫笠間支店、支払地・振出地とも笠間市なる約束手形二通を振出し、サンタロサは右手形二通を被控訴人に裏書譲渡し、被控訴人が現にこれを所持していること、及び被控訴人は、右手形債権を被保全債権として旧会社を相手に仮差押の申請をし、有体動産仮差押決定(水戸地方裁判所昭和五二年(ヨ)第一四三号)を得たことを認めることができ、右認定を妨げる証拠はない。

2  被控訴人が旧会社に対する右仮差押決定の執行力ある正本に基づき昭和五二年六月一六日別紙日録記載の有体動産に対して本件仮差押をしたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、仮差押にかかる有体動産のうち、別紙目録記載番号一、三ないし一一(什器備品)は、控訴会社が昭和五〇年七月一八日旧会社から譲渡を受けてその引渡を受けたもの、同二、一二ないし三〇(商品類)は、同日以降に控訴会社が東芝外二社から買入れてその引渡を受けたものでいずれも控訴会社の所有に属するものと認められ、この認定を左右する証拠はない(別紙目録記載番号一、三ないし一一(什器備品)は、控訴会社が昭和五〇年七月一八日旧会社から譲受けてその引渡を受けたものであることは、当事者間に争いがない。)。

二そこで、以下、被控訴人主張のごとく、商法二六条の規定ないしは法人格否認の法理により、控訴会社が旧会社の本件手形債務につき支払いの責を負い、信義則上本件仮差押の排除を求め得ないものであるかどうかにつき検討する。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち、

1  旧会社は、昭和四〇年一一月一二日、控訴会社代表者塙弘の父塙松雄が資本金三〇万円を出資して、(一)ラジオ及び部品の販売並びに修理、(二)電気器具の販売及び修理、(三)前各号に付帯する一切の業務を営むことを目的として設立した「有限会社笠間電化センター」なる商号の会社で、右松雄が代表取締役に就任し、本店を笠間市笠間一三一六番地に置き、石岡市大字石岡五七七番地の一に石岡支店を設けて右営業を営んで来たが、昭和四七年一〇月七日、営業目的に不動産の売買及び斡旋業を加え、以来電化部門、不動産部門の二つの営業を行つて来た。

塙弘は、高等学校卒業後、浦和市内の電気店に住込みで勤務して電化部門の修業をし、昭和四八年七月ころ笠間市に戻つて旧会社の監査役に就任するとともに、主として電気製品販売の仕事に従事していた。

2  旧会社は、塙松雄の個人会社ともいうべきもので、特に不動産部門の営業は松雄が単独で行ない、当時の不動産ブームに乗り、金融機関から多額の融資を受けて土地を購入したが、昭和四九年ころから経営不振に陥り、父松雄の経営方針を危険視し、これに反対する弘との間に意見の衝突も生じ、昭和五〇年四月三〇日の決算においては、借入金を主とする五億九六四一万五七一九円の流動負債を計上し、当期損失額は九三〇七万二〇五九円に及んだ。右のような業績の悪化は、不動産部門の不振によるものであり、電化部門の業績は良好であつたが、そのまま両部門の経営を継続すれば、電化部門も共倒れとなることが必至の状況であつた。

3  そこで、弘は、電化部門と不動産部門を分離し、父松雄と別れ、電化部門を独立させて旧会社と異なる新会社を設立して電化部門の経営を行なうことを考え、弘に信頼を寄せている本間雄三から新会社の資本金五〇〇万円を借受け、これをもつて昭和五〇年七月一八日、「株式会社笠間家庭電化センター」なる商号の控訴会社を設立して自らその代表取締役に就任し、同日、旧会社との間で「債権債務の売買契約書」(甲第一号証)を作成した。右契約書による両会社間の合意の内容は、民法上の売買ではなく、商法上の営業の一部の譲渡に当るものであり、控訴会社が、旧会社の電化部門の営業を譲受けてこれを継続して行くのに必要な現金、預金、受取手形、売掛金、商品、笠間市笠間字地蔵前の土地二筆、石岡支店の建物とその敷地、車輌、什器備品、電話加入権等の積極財産と、右積極財産の評価額におおむね照応する金額の支払手形、買掛金、結城信用金庫及び水戸信用金庫よりの借入金等の消極財産を、旧会社から譲受け、譲受代金は右消極財産の引受をもつて決済され、差額はないものとするというものであつた(右「売買契約書」は真実締結された契約に関するものでない旨の被控訴人の主張を認めうる適確な証拠はない。なるほど、〈証拠〉によれば、笠間市笠間字地蔵前の宅地二筆は、右認定の契約成立前である昭和五〇年六月三〇日、旧会社から本間武男に対し売渡され、同日所有権移転登記が経由されたことが認められるが、〈証拠〉によれば、右宅地については、本間武男がその抵当債権者に対し旧会社の債務を立替え弁済することとなつたので、これを旧会社から本間武男に譲渡し、将来控訴会社が同人に対しその償還をした時は、右宅地を控訴会社の所有とする旨の了解が成立していたので、右宅地を前記契約(甲第一号証)の対象物件に加えたものであることが認められるから、右宅地につき本間武男のため所有権移転登記がされていたことを根拠に前記契約の真実性を否定することはできないものといわなければならない。また、〈証拠〉によれば、旧会社の所有に留保された物件である笠間市大渕字住ノ内の山林四筆が控訴会社の引受けた旧会社の結城信用金庫に対する債務の弁済(抵当権実行のための競売による)に供されたことが認められるが、この一事により前記契約(甲第一号証)による債務の引受が疑わしいとしたり、旧会社と控訴会社の財産関係が実質上一体として運用、処理されていると速断することは許されない。)。

4  控訴会社の営業目的は、(一)家庭電化製品の販売、(二)冷暖房設備、空調設備、防音設備等の工事、設計施工、(三)電気工事、管工事、給排水、衛生設備の設計施工、(四)その他前各号に付帯関連する一切の業務であり、その本店は旧会社の石岡支店に置き、旧会社の本店に控訴会社の笠間支店を設置し、控訴会社の設立と同時に、塙松雄を除く旧会社の従業員全員を控訴会社に移籍して、控訴会社がその営業を開始した。控訴会社の役員には、塙弘の妻孝子、妹とし子、弟登がそれぞれ取締役として、本間雄三が監査役として就任したが、これらの者は全員旧会社の役員に就任したことはなかつた。一方、旧会社は、電化部門及び不動産部門の営業を事実上廃止し、松雄一人が残存して不動産を処分して債務を弁済するなど残務整理的な仕事をしていた(塙弘は旧会社の監査役を辞任し、松雄の妻ヨシ子が後任の監査役となつた。)。

5  昭和五一年三月ころ、旧会社の代表者塙松雄は、サンタロサに勤務する友人の市川皓詞から、同社がセブ島内に開設する予定のゴルフ場の会員券を購入すれば必ず儲かる旨言葉巧みに勧誘され、これを購入して利益を得て旧会社の負債の返済の一部に充てようと考え、会員券二口の購入契約を締結してその代金支払いのため同年三月一三日サンタロサに対し同年六月二〇日満期の本件手形二通を振出したが、サンタロサはゴルフ場の開設をせず、会員券の交付もしなかつたので、同年四月中旬ころ旧会社はサンタロサとの間で右契約を合意解除し、サンタロサは本件手形の返還を約した。

しかるに、サンタロサは、被控訴人から貸室を賃借しており、その賃料が滞納になつていたところから、本件手形を被控訴人に裏書譲渡し、被控訴人は、右手形の支払呈示期間を一〇か月間余り経過した昭和五二年四月三〇日に至り、本件手形を支払場所に呈示したが、支払いを拒絶された。

その後被控訴人は、旧会社を相手に約束手形金請求訴訟(水戸地方裁判所昭和五二年(手ワ)第五九号。異議申立後の通常訴訟同年(ワ)第二九四号)を提起し、該訴訟において旧会社は期限後裏書及び悪意の抗弁を提出したが、昭和五三年三月一五日被控訴人勝訴の判決(異議申立後の通常訴訟の判決)が云渡され、該判決は同年四月一日確定した。

6  右訴訟に先立ち、被控訴人が本件仮差押をした際、控訴会社笠間支店の店頭には、「(株)笠間家庭電化センター」なる看板のほかに「(有)笠間電化」なる看板も掲げられており、(もつとも、右看板は主たる仕入先である東芝が管理していたものであり、東芝が営業主体の変更に伴う取替工事を遅滞していたにすぎない。)外見上いずれの会社が経営しているか不明確な状況になつていたため、右執行官は、別紙目録記載の有体動産は控訴会社所有のものであるとの控訴会社従業員の主張を排斥して、本件仮差押をした。

7  旧会社は、控訴会社がその債務を引受けた結城信用金庫及び水戸信用金庫のほか、茨城相互銀行、常陽銀行、笠間市農業協同組合に対しても所有不動産に抵当権を設定して債務を負担しており、右金融機関から競売の申立を受け、その所有不動産のすべてを競売され、その代金は、結城信用金庫、水戸信用金庫をも含む抵当権者に配当され、旧会社の債務は一億円位に減少したが、被控訴人のごとき一般債権者に対してまで配当する余剰は生じなかつた。

控訴会社の笠間支店は賃借建物であつたが、石岡本店の土地建物は競売されたので、塙弘個人が結城信用金庫から融資を受けてこれを競落した。

8  控訴会社は、本間武男、本間雄三並びに東芝から、その設立に際してのみならず、設立後も援助と協力を受けて着実に業績を挙げ、結城信用金庫、水戸信用金庫に対する債務の返済を続け今日に至つている。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右する証拠はない。

三商号続用の営業譲受人の責任について

被控訴人は、控訴会社は商法二六条の規定により商号続用の営業譲受人として本件手形債務支払いの責を負い、信義則上本件仮差押の排除を求め得ない旨主張する。

なるほど、右認定の事実によれば控訴会社は、旧会社の営業のうち、電化部門の営業を譲受けるために設立された会社であり、設立と同時に旧会社の電化部門の営業を譲受け、旧会社はこれを廃止したことが明らかである。また、旧会社の商号は「有限会社笠間電化センター」で、控訴会社のそれは「株式会社笠間家庭電化センター」であつて、両会社の商号は完全に同一ではないが、その基本的部分である「笠間」「電化センター」なる部分は共通している。

そして、商法二六条の「営業ノ譲受人」とは、譲渡人の営業全部を譲受けた者のみではなく、譲渡人の営業の一部の譲受人も含む趣旨と解すべきであるから、旧会社からその電化部門の営業を譲受けた控訴会社は、右法条にいう「営業ノ譲受人」に当るものというべきであり、また、右両会社の商号の基本的部分の共通性に着目すれば、控訴会社は旧会社の商号を続用していると解する余地もあり、控訴会社は、旧会社の電化部門の営業によつて生じた債務に関する限り、旧会社の商号を続用する営業譲受人としての責を免れ得ないもののごとくである。

判旨しかし、商法二六条が商号続用の営業譲受人に対し、譲渡人の営業によつて生じた債務について弁済の責を負う旨規定したのは、営業譲渡人の債権者は、営業譲渡の事実を知つていると否とにかかわらず、譲受人が商号を続用している場合には、譲受人に対して請求をなしうるものと信ずるのが通常であるところから、この債権者の信頼を保護するため、譲受人に弁済責任を課したものであり、したがつて、右規定は譲渡人が営業を譲渡するまでの間にその営業により債権者に対する債務を負担した場合に限り、適用されるものと解すべきであつて、譲渡人が営業譲渡後に新たに負担した債務についてまで譲受人に弁済の責を負わせたものと解することはできない。被控訴人は、商号続用の営業譲受人は商法二六条二項により第三者に対し譲渡人の債務につき責を負わない旨の通知をしない限り、営業譲渡後譲渡人が負担した債務についても弁済の責を免れ得ない旨主張するが、そもそも、営業の譲受人は、営業譲渡後、譲渡人が何時いかなる原因で何人に対しいかなる債務を負担するかを知らず、またはこれを知り得ないのが通常であるから、このような立場にある譲受人に対し、譲渡人が営業譲渡の後に自己の従前の営業に藉口してなした活動により負担したかもしれない債務についても、譲渡人の営業によつて生じた債務として、その責を負わない旨の通知をすることを求め、譲受人が右通知をしない限り弁済の責を免れないとするのは、合理的な範囲を越えて過当な責任を課するものといわざるを得ない。被控訴人の右主張は失当である。

そして、旧会社の本件手形債務が、旧会社においてその電化部門の営業を控訴会社に譲渡した後に、発生したものであることは先に認定したとおりであるから、被控訴人の前記主張は採用することができない。

四法人格否認について

被控訴人は、控訴会社の設立は旧会社の債務の支払いを免れる目的で会社制度を濫用してなされたものであるから、控訴会社は信義則上旧会社と控訴会社とが別人格であることを主張し得ず、旧会社と同一の責任を負うべきであり、本件仮差押の排除を求め得ない旨主張する。

しかし、前認定の事実によれば、旧会社は、不動産部門の業績不振から債務超過に陥り、電化部門を分離独立させなければ、右両部門とも倒産が必至の状況に立ち至つたので、不動産部門を切り捨てて電化部門を救済するため、控訴会社を設立し、これに旧会社の電化部門の営業を譲渡してその経営を行なわせることとしたものである。なるほど旧会社と控訴会社は電化部門に関する限りきわめて類似する営業目的を有し、営業場所も旧会社の石岡支店所在地に控訴会社の本店を、旧会社の本店所在地に控訴会社の支店を設置し、仕入先、従業員はそのまま引継ぐ等営業の型態、内容に同一性の要素があることは否めないが、両会社の役員構成や実質上の出資者は全く別個であり、ことに旧会社の経営の主宰者であつた塙松雄は新会社の経営には直接的にも間接的にも関与せず、両会社の企業実体が実質的に同一であつて、旧会社が控訴会社の背後にあつてこれを支配する関係にあるものとはとうてい認められない。のみならず、前記営業譲渡の際、旧会社に存した積極・消極の財産のうち、控訴会社に譲渡したものは、電化部門の経営に必要な価値あるものを選別してなされたものと認められるから、控訴会社の設立により旧会社の債権者の利益が害されるおそれが全くないとはいい難いけれども、旧会社の経営を主宰していた塙松雄がもつぱら取引上の債務を免れる目的ないし意図を有していたことを認めうる適確な証拠はない。塙松雄が昭和五〇年九月二日笠間市池野辺字宿向の宅地及びその地上の居宅を妻ヨシ子に譲渡したことは当事者間に争いがないが、当時の旧会社の債務負担の状況を考慮しても、右譲渡が財産隠匿の目的でなされたものとは認め難く(〈証拠〉によれば、右宅地には金融機関の抵当権が設定されていることが認められ、したがつて、右宅地が譲渡されても抵当権の追及効及び財産隠匿の目的は達し難いこと明らかである。)、まして、右譲渡の事実を根拠に、塙松雄に前記取引上の債務を免れる目的ないし意図があつたと認めることはできない。それ故、本件においては、控訴会社の法人格を否認し得る前提要件を欠くものといわなければならない。

以上の点に加え、前認定のとおり、被控訴人は、控訴会社が設立されて旧会社がその本来の営業を廃止してから数か月間を経過した後、旧会社の代表者が開設予定のゴルフ場の会員券購入代金支払いのため第三者に対して振出した約束手形を、該第三者から裏書譲渡を受けたにすぎない者である。

そして、法人格否認の法理は、法人が全くの形骸にすぎない場合又は法人格が法律の適用を回避するために濫用された場合に、法人と取引する相手方の利益がいわれなく害されることを救済するため確立された理論であるから、控訴会社設立当時の債権者でも、旧会社と直接取引して債権を取得した者でもなく、右のように、単に控訴会社設立後旧会社振出の約束手形を第三者から裏書譲渡を受けたにすぎない被控訴人は、右法理によつて保護されるべき利益を有しないものというべきである。それ故、被控訴人が控訴会社の法人格を否認することは許されず、被控訴人の前記主張は採用することができない。

五以上説示したとおり、被控訴人の主張はいずれも採用し難く、所有権に基づき、本件仮差押の排除を求める控訴人の請求は正当であるからこれを認容すべきであり、また、被控訴人の約束手形金請求は失当として棄却すべきであつて本件控訴は理由がある。

よつて、右と異る原判決を取り消し、第三者異議事件につき控訴人の請求を認容し、約束手形金請求事件につき被控訴人の請求を棄却し、なお、被控訴人の付帯控訴(約束手形金請求事件についての仮執行宣言)はその前提を欠くこととなるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法九六条、八九条を、仮差押の取消に関する仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(蕪山厳 浅香恒久 安國種彦)

目録〈省略〉

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